AP diary

管理人が絶対音感 (absolute pitch) に関する文献を読んだときのメモを垂れ流しています。
内容は必ずしも網羅的ではありません。
内容は必ずしも正しいとは限りません。
自分用のメモだったものを「公開しないよりはマシか」という感じで公開しているだけなので、人が読むには不親切な箇所だらけです。たぶん。





Valproate reopens critical-period learning of absolute pitch
バルプロ酸によって絶対音感学習の臨界期が再開する
(Frontiers in Systems Neuroscience, 2013)

【Abstract】
絶対音感(基準音なしに音のピッチを同定するor生み出す(identify or produce)ことができる能力)には臨界期が存在する。すなわち、人生の早期段階にのみ獲得できる。 一方で、ヒストン脱アセチル酵素阻害剤(HDAC阻害剤)によって、成体のマウスが、若齢期にしか獲得できないはずの感覚嗜好(perceptual preferences)(※聴覚らしい)を身につけられるようになる、という研究があった。 我々の実験では、バルプロ酸(HDAC阻害剤)を服用した成人男性が、プラセボを服用した者よりも、学習によってピッチの同定が有意にできるようになることがわかった。これは、バルプロ酸が成人の脳における臨界期学習を可能にする証拠である。重要なことに、この結果は、より一般的な認知機能の変化によるものではない(※認知機能の向上はVPA群で有意には認められなかった)。そうではなく、臨界期の関わる感覚課題に対する特異的な影響によるものである。

【被験者】
18-27歳男性23人、絶対音感を持つ者はいない。平均音楽経験(musical training)歴は2.4年、開始年齢は7-17歳(平均12歳)と、臨界期である4-6歳(Levitin and Zatorre, 2003)から離れている。
バルプロ酸(VPA)群:11人、プラセボ群:12人
副作用を理由に途中でやめた人はいない。(その他の理由で途中でやめた人は解析から除外する)

【訓練(学習)】
相異なる6音程(例えばc,d,e,f#,g#,a#)(オクターブ違い(3オクターブ)も鳴りうる)のピアノ(合成音)の音を鳴らす6人の(架空の)人物がいる。人物名が画面に表示されながら、音が鳴る。これで2週間学習。この期間中、VPAまたはプラセボの投与をされ続ける。
以上のようなtreatment armを、2-4週間のwash out期間をおいて2回行い、1回目でプラセボを投与された人は2回目ではVPAを投与され、その逆も。(crossover design) また、1回目と2回目では用いる6音程と人名を変更した。

音の提示方法などについては、Deutsch et al (2006)に基づいた。用いた音源も。一般に、楽音よりも純音のほうが絶対音感テストは難しくなることが知られている(音程以外の、音色などの情報も使えるため)。今回の研究では、絶対音感能力の「そこそこの」向上を見たいだけなので、純音ではなく敢えて楽音を用いた。

【テスト】
画面に表示された6人の人名から、鳴ったピアノの音に対応する人名を回答する。ピアノの音は、隣接問題間で音程を1オクターブ以上離すような制約の下で、ランダム順で出題した。持続時間は500ms(学習のときに聴かせたものと同じ)。音の間隔は3750msで、この間にPCのキーを1つ押して回答しなければならない。18問出題(チャンスレート:3問正解)。


[結果は論文参照。]


【疑問点】
・もし薬によって可塑性そのものが変化して「学習」に成功したというのであれば、薬が切れた以降もこの絶対音感が残っていてしかるべきなのでは。←長期にわたって能力が保持されているかどうかは調べられておらず、今後調べられるべきである、としている。(discussion)
・そして長期にわたって結果がでない(忘れてしまっている)となった場合、VPAは絶対音感の学習能を向上させたのではなく、知覚入力の精度(再現性?)が一時的に増しただけの可能性もあるのでは?実際この実験では、訓練前に(訓練後に行うものと同種の)テストを行っていない(名前と音との対応を覚えるテストのため、訓練なしには行えないのだが)。←▲resultで「訓練ビデオを最後までちゃんと見たか」と「訓練後の成績」に関連が認められないとか言っていて、アヤシイ。▲またVPA→placeboの群で、VPAのときに成績がよくて、placeboで平凡になるのは、(筆者的には)first armとsecond armで用いた音程がまるっきり違うのだから問題ないという立場なのだろうが、さすがにヒントにはなるはずで。成績が平凡になっているのは、first armでの音程さえも忘れているからだと個人的には思う。


【補足】(discussionより)
バルプロ酸
・気分安定薬(躁などに対して)
・GABAトランスアミナーゼ阻害による神経活動の抑制(てんかんに効く)
・HDAC阻害剤。クロマチンをほどいて転写を上げる。
・マウスのacoustic preferenceの可塑性がHDAC阻害剤によってreopenすることは既に知られていた。Nogo受容体の消失が関与(Yang et al. 2012)

臨界期学習
・臨界期の可塑性を終わらせてしまう、ミエリンに関連したシグナリングが知られている。(McGee et al. 2005)
・HDAC阻害剤によって、長距離の有髄線維の投射が過剰になり、それが臨界期学習の復活と関係があるのかも?(IntroductionおよびLoui et al. 2011参照)






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